ここ数年にわたって「知識偏重」を改め「ゆとりのある教育」を目指すという教育論が世論を席巻してきました。しかし、その流れが今、変化しつつあるように感じられます。 2000年10月23日、日本経済新聞の1面で「教育を問う」という連載が始まりました。第1回目の見出しは「学びを忘れ日本が沈む」というもので、若い世代の読解力や学力レベルが急速に低下しているという声を紹介して、現在の教育に警告を発する内容でした。 非常に関心をもってその連載を読んでいたときに出会ったのが、この『「ゆとり教育」亡国論』。 発刊されたのは2000年8月ということですが、最近のある雑誌に「この本が発刊された際には、文部省内が騒然となった」というようなことが書かれてありました。 今回はその「発刊に際して文部省を騒然とさせた」(?)という、現役文部官僚が直言する本書をご紹介しましょう。 ■「ゆとり教育」は学校教育の自己否定 「学級崩壊」と「学力低下問題」の背景にある一つの要因は、教育の目標喪失である。これら二つの問題は子どもたちの「心」と「知」の両面にわたる目標喪失状態の表れであると解釈できる。 文部省の「ゆとり」重視路線(いわゆる「ゆとり教育」論)によって「勉強否定論」的なメッセージがゆきわたるなかで、学校教育がそもそも何のためにあるのかが見失われてしまっているのではないか?。 「学校は勉強する所」であるという、誰も否定できない当たり前の事実にまず立ち返って、建設的な議論を発展させるべきである。 このように述べる著者は、後ろ向きで自己否定的な教育論に別れを告げるべく、「選択の自由」「競争原理」「自己責任」をキーワードにする制度改革が、勉強否定論的教育論のナンセンスを打破する意識改革を支えるものである、と唱えています。 ■勉強否定論から教育を救う「10のアピール」 第2章において、著者は勉強否定論的な「ゆとり教育」から日本の教育を救うとして、以下のような10のアピールをあげています。 1 学校は勉強するところである 2 勉強は良いことである 3 知育は「心の教育」にもプラスになる 4 「知育」と「個性」は相反するものではない 5 教えるべきことは教えなければならない 6 教師は授業で勝負すべし 7 学校は子供の学力に責任を負う 8 学力水準の向上は行政の責務である 9 学力情報は公表すべきである 10 学校は全人格を評価する場ではない ■教育をめぐる世界観の大転換を 学力向上を目指せ! さらに第3章において、「学力向上を目指す」ための10の教育改革試案を掲げています。 内容についてはぜひ読んでいただきたいと思いますが、現場を経験している現役官僚の直言だけに、非常に具体的でわかりやすく、しかもたいへん前向き、建設的であるという印象を受けました。 最後に「あとがき」から少し引用させていただきます。 「教育は本来、未来に向けた明るい営みです。「知識社会」と呼ばれる経済社会の現実に直面する現在、諸外国は、国と国民の命運を賭けて、学力向上のための教育改革に必至に取り組んでいます。勉強の価値を否定するかのような後ろ向きの教育論、我が国独自の内向きの教育論に別れを告げ、前向きな教育論へ転換すべき時が来たのです。今やるべきことは、破壊ではなく創造です。」 |
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