今回は、「葉っぱのフレディ」(童話屋 1500yen税抜き)を紹介したいと思います。 誰もが避けては通れない「死の意味」そして「生きる勇気」を教えてくれます。 知りたがりのお子様や、そして今、元気をなくしているあなたにお勧めします。 物語は、木の枝の若葉として生まれた「フレディ」について始まります 秋になり、フレディは物知りの親友「ダニエル」に尋ねます。 「同じ木の同じ枝の同じ葉っぱに生まれたのに、どうして違う色になるの?」 ダニエルは答えます。 「生まれた時は同じ色でも、いる揚所が違えば太陽に向く角度が違う。 風の通り具合も違う。月の光、星明り、一日の気温、なにひとつ同じ経験はないんだ。 だから紅葉するときは、みんな違う色に変わってしまうのさ。」 わたしたちも生まれた時には、見分けもつかないぼどみな同じ顔をしています。 でも、大人になるにつれてまったく違う人になってしまいます。 それぞれに与えられた環境も違うし、名前や住所も違います。顔も違います。 違っていて当り前なんですね。役割が違うんですから。 やがて冷たい風がフレディたちを襲います。ダニエルは言います。 「みんな引っ越しをする時がきたんだよ。とうとう冬が来たんだ。」 「ぼくもここからいなくなるの?」フレディは尋ねます。 「そうだよ。ぼくたちは葉っぱに生まれて葉っぱの仕裏をぜんぶやった。 太陽や月から光をもらい、雨や風には励まされて木のためにもひとのためにも立派に役割を果たしたのさ。」 わたしたちも「太陽やや月や星明かり」に守られてきました。 雨や風にも励まされてきました。そして生まれてから今日まて、多くのひとたちの世話にもなり、そして愛されてきたのだと思います。 フレディたちに負けないように、わたしたちも「葉っぱの仕事」を果たそうね。 やがて、木は葉を落とし、裸同然になります。フレディは言います。 「引っ越しをするとか、ここからいなくなるとか君は言ってたけど、それは、、、。」 「死ぬということでしよ?」フレディは胸がいっぱいになりました。 「ぼく死ぬのがこわいよ」 ダニエルは答えます。 「そのとおりだね。まだ経験したことがないことはこわいと思うものだ。 でも考えてごらん。世界は変化しつづけているんだ。 君は春が夏になるときこわかったかい?緑から紅棄するときこわくなかったろう。 ぼくたちも変化しつづけているんだ。死ぬというのも変わることのひとつなんだよ。」 「ぼくらは春から冬までの間ほんとうによく働いたしよく遊んだね。 まわりには月や太陽や星がいた。雨や風もいた。人聞に木陰を作ったり、秋には鮮やかに紅葉してみんなの目を楽しませたりもしたよね。それはどんなに楽しかったことだろう。 それはどんなに幸せだったことだろう。」 ダニエルは夕暮れの金色の光の中散ってゆきます。 翌朝、雪降るなか迎えに来た風に乗ってフレディも枝を離れます。 「フレディは迎えに来た風にのって枝をはなれました。痛くもなくこわくもありませんでした。フレディが降りたところは雪の上でした。やわらかくて意外とあたたかでした。 引っ越し先はふわふわして居心地のよいところだったのです。」 最後に作者レオバヌカーリアはこう締めくくリます。 フレディは知らなかったのですが、、、「冬が終わると春が来て、雪は溶け水になり、枯れ葉のフレディは、その水にまじり、土に溶け込んで木を育てる力になるのです。 「いのち」は土や根や木の中の、目には見えないところで、新しい葉っぱを生み出そうと準備をしています。大白然の設計図は寸分の狂いもなく「いのち」を変化させつづけているのです。」 わたしたちも、フレディと同じようにいつかは枝を離れる時が来ると思います。 けれども、わたしたちも夏の日のフレディたちのように人間のために木陰を作ったリ涼しい風を送ることはできるはずです。 葉っぱに出来て人間に出来ないことはありません。 そして、わたしたちは決してひとりではありません。 フレディたちを守ってくれたのと同じ太場や月や星明リもあるし、励ましてくれる雨や風もあります。たくさんの「応援団」がわたしたちにはついているのです。 この文童を読んだひと、元気を出してくださいね。 あなたは決してひとりではありません。 このお話の一番最後には、こう書かれています。 また、春がめぐってきました。 |
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