■日本の心を美しくする 今月の当会推薦書籍


 「男の肖像」
 塩野七生著
 文春文庫590円+税
 推薦者:津田 孝子





著者の塩野さんは現在、新潮社から『ローマ人の物語』の出版を続け、すでにT〜Zまで出されています。自ら「歴史家ではない」と言い切り『ローマ人の物語』も「作家」としての立場で書き続けています。
彼女のリアリスティックで知性あふれる鮮やかな切り口は、あまりの見事さに愉快ですらあります。塩野ワールド入門書としても、手軽に知的好奇心を満足させてくれる本書をご紹介しましょう。


人間の顔は、時代を象徴する――。

ペリクレス、アレクサンダー大王、大カトー、ユリウス・カエサル、北条時宗、織田信長、千利休、西郷隆盛、ナポレオン、フランツ・ヨゼフ一世、毛沢東、コシモ・デ・メディチ、マーカス・アグリッパ、チャーチルという、紀元前から現代に至るまでの「いずれも超一級の大人物ばかり(解説より)」を集め、真のリーダーシップとは何かを問う短編集です。
1986年に文藝春秋から出版され、1992年に文庫本としても発売されました。

この中から特に興味深かった「北条時宗」と「コシモ・デ・メディチ」の章をご紹介したいと思います。

■北条時宗

本章では、著者が『どうしたら、日本のテレビ番組に国際競争力をつけられるか』を考えていた時に『NHKの大河ドラマを頭に思い浮べ』、その主役に『モンゴルとカミカゼという、欧米では小学生ですら知っている二条件に恵まれている』ところの北条時宗が頭に浮かんだと書いています。
そして『ヨーロッパと中近東を旅していて驚くのは、モンゴルの影響のすさまじさである。 −中略− このモンゴルに征められながら、これを撃退した民族は、日本だけである。 −中略− 壮大なる大作をつくって欧米に売ったって、充分なる権利があると思うがどうだろう。』と愉快な言葉をつづり、さらに『ところが、・・・欧米に売ることを考える前に、日本人の間での時宗の知名度がなんとも低いのには、あきれてしまった』といいます。

未曾有の国難とも言える蒙古襲来の際、元軍を敗退させたと言われている「神風」は主要因ではなく『幸運なる一要因ではなかったろうか』と、時宗を『醒めていながら実行力も兼ね備えた男』として賞賛しています。


■コシモ・デ・メディチ

『フェレンツェに住んでいると、コシモ・デ・メディチの影を感じずにはいられない。五百年以上も昔に生きた人物なのに、フェレンツェの街を歩いているだけで、そこかしこに、この男の影を感じてしまう。』と著者に言わせるほどの大変な影響力。マキアベェッリをして「賢明な人物」と言わしめたコシモですが、作品と呼べるものをなに一つつくらず、なに一つ残さなかったコシモが、なぜこれほど後世にまで広く名を残すことができたのか。それを著者は『彼が育成した学問芸術のためであったろう』と言っています。

フィレンツェ市民は、生涯を一市民として生きたコシモに、死後「祖国の父」という尊称を捧げました。
しかし、それは単にコシモの学問芸術振興の労を謝してのことだけではなく、『コシモ・デ・メディチが事実上の君主であった30年間というもの、賢明な彼の内政と外政のおかげで、フィレンツェは平和を享受できたからである。』とも書いています。『そのうえ、フィレンツェを知的で美しい都市に変容させてくれたのだから、これくらいの感謝は当たり前である。』と。

しかし、著者の洞察力はさらに本質を見抜きます。『フェレンツェに住んでいると、コシモ・デ・メディチの影を感じずにはいられない。』のは、『コシモは「空気」をつくったということなのだ。フィレンツェ人に、美しくて知的なものを愛し、商工業で稼いだ金をそれに費う気持ちを起こさせたことにおいて、彼ほどの功労者はいない。』という表現で、彼の偉大なる功績を称えているように思います。



歴史という時の大河の中で、確かな「軌跡」を残した人物たちに思いを馳せていると、現在ただ今もまた、この歴史という大河を創り続けているのだということに、あらためて気づきます。
百年後・・五百年後、わたしたちが確かに生きている「今」は、どんな時代として評価されているのだろう。そしてどんな人物達が「いずれも超一級の大人物ばかり」として、後世へ語り継がれてゆくのだろう・・・。

梅雨時、「寝苦しくて、ねむれなぁ〜〜い・・」と感じた夜、お気に入りの飲み物を片手に、たまにはこんな壮大な(?)ことを考えながら読んでみて下さい。塩野さんの文章が持つ、辛口で優雅な魅力に惹き込まれ、いつしか自分がとっても知的になっているような心地よい錯覚に浸れること、うけあいです。






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