21世紀を目前に控え、今日本は、敗戦後のいわゆる戦後処理問題やバブル崩壊後の諸問題、そして教育、環境、エネルギーなどのさまざまな問題をかかえて、明確なビジョンを見いだせないまま、行き先のわからない航海を続ける船にもたとえられる状況にあります。 わたしたちはどこへ行こうとしているのか、どうしたいのか、なにが理想なのか・・・。 このような未来についての思考を巡らすとき、過去を知ることは大変有意義であると思います。「歴史は繰り返す」といいます。しかし、決して繰り返してはいけない歴史があるならばなおのこと、その「過去」について正面から向き合うことは、同じ過ちを繰り返さないために重要なことでありましょう。 ここにぜひお薦めしたい書籍があります。『魂の昭和史』今回は、この書籍をご紹介したいと思います。 ■魂の震えとしての歴史 昭和史の話をしようと思う。 といって、こむずかしい話をしたいわけではないんだ。・・・・・ この平易な語り下ろしの形で書き出された本書は『10代20代の人たちに読んでもらうつもりで書いている』と著者が本文で書いているように、全編同じような語りのリズムで書かれています。そのせいか、通常の歴史本とちがう印象を受けます。それは、暖かさであったり、なつかしさであったり、また厳しさ、辛さ、悲しさ、苦しさといった、感情で表現できるものであり、頭で理解するというものとは少し異質なものです。 決して感情的なものではありません。しかし淡々とした口調であるからこそ、しみ込んでくる品格を感じさせます。 ここで第1章「魂の震えとしての歴史」の冒頭を少し長いですが、紹介いたします。 歴史っていうのは、頭じゃなくてね、心に関係するものだ。 魂といってもいい。 −中略− 歴史のもっとも大事なことは、共感ということだ。 自分にとって関係のない出来事や固有名詞を覚えるということではない。 あるいは他人事として、裁くことでもない。 自分につながる、今、ここで生きている自分にとって他人ごとではない事柄として、過去を振り返り、その実感のなかで、前の世代との絆を確認すること。 そして、その絆のなかで、君たちの先人たちが、何をのぞみ、何をこころみ、そして成功したり、失敗したりしたということを理解しようと試みてほしい。 そうすれば、君たちが生きている現在という時間が、けして薄っぺらなものでないことがわかるだろう。 見えてくる風景がまったく変わるよ。 あるいは、自分というものが、全然別に見えてくる。 さらに、教科書等で昭和の特に戦前と言われる時代の人たちが「とんでもないこと」をした気違いじみた人たちだと言われているけれど「僕たちと同じように、小さなことで喜んだり、悲しんだり、ちょっとしたことに傷ついたり、人を愛したり、裏切られたりした人たち、誇り高くあろうとしながら、卑しいこともした人たちなんだということを、覚えておいてほしい。」と語りながら「自分たちに直接関わる問題として、昭和の『歴史』を考えてもらいたいと思う。」と言っています。 そして、昭和を理解するのに必要であると、第2章「江戸時代の意味」第3章「明治時代について」第4章「日清、日露戦争」を駆け抜け、以下に続きます。 第5章「昭和の始まり」 第6章「満州国とは何か」 第7章「昭和前期について」 第8章「大東亜戦争とは何か」 第9章「占領は日本を変えたか」 第10章「高度経済成長」 第11章「繁栄と新たな混迷」 第12章「平成時代について」 ■そして今 歴史とは感じること。そう考えたことは一度もありませんでした。 「他人事として、裁くことではない。」という言葉の重みを感じます。 今日本がおかれている状況は、昭和初期とまったく同じなのだそうです。 行き詰まりの感覚、先の見えない不安・・・国の新しいデザインをつくれないまま、現状維持を続けていることが、この不安やフラストレーションのもとにあると。 昭和という時代には、日本は何とか自分の道をつくろうとして、暗く悲しい時代に突き進んでいきました。 しかし、平成に生きるわたしたちは、明るい未来に向かって進んでいかなくてはなりません。 先人たちの喜びや悲しみのはてに、今の日本があることを感じながら。 最後に第13章「そして今」より− 「だれにも迷惑をかけないんだから、売春をしてもいい」と、そのような不敵なことが言えるまでになるのに、どれだけの蓄積が必要だったか・・・・そこには個人の自由を尊重する社会ができるまでのさまざまな人々による試行錯誤や戦い、犠牲があった。 そいういう歴史のはてに、そう言える自由というものがあること。それを感じてほしい。 |
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