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映画『グラディエータ』 〜エネルギーの発展段階〜 公開:2000年(米) 監督:リドリー・スコット 主演:ラッセル・クロー 推薦者:黒岩宏光 ■復活ローマ「コロッセオ」 ストーリーはさておき、ローマの円形競技場「コロッセオ」がこの映画の中で完璧に復活しております。 2000年という長い月日が流れた今、原型をとどめぬこの競技場でありますが、コンピュータ・グラフィックスの魔法を得てスクリーン上で完全な姿でその威容を誇っております。もうこれだけで、ローマファンは感涙ものであり、1800円のロードショー代を払うだけの価値がありましょう。 なんでも、このコロッセオを実物大で再現させるにはとても不可能ということで、3層あるうちの1層を3分の1だけ作り、あとは最新のCG技術により処理し、観客も7万人分をコピー(マッピング)し、違和感のない映像に作り上げたそうであります。 歴史上、本当に行われていたという剣闘士「グラディエータ」の生々しくも血なまぐさい、リアルな戦いぶりと対比した、当時のローマの美しい町並みを背景に、SF映画の傑作といわれる「ブレードランナー」などで有名なリドリー・スコット監督の独特の映像感覚は、2時間35分という長編でありながら、中弛みのない緊迫した内容になっております。 しかしながら、剣闘士という話の内容上、荒々しい戦闘シーン、殺戮シーンなどのオンパレードなので、気の弱い方やこの手のシーンが苦手の方には残念ながらちょっとお薦めはできません。 ■あらすじ 西暦180年のローマ、将軍「マキシマス」(ラッセル・クロー)は、人徳に溢れローマを治めた皇帝「マルクス・アウレリウス」より次代皇帝の命を受けることになります。 しかし、アウレリウスの息子「コモドゥス」の激しい嫉妬と陰謀によりその身を追われ、最愛の家族までもが犠牲になります。命辛々逃げることができたマキシマスは、奴隷の身となりながらも剣闘士「グラディエータ」として名声を得、民衆から絶大な人気者となり、最悪の暴君コモドゥスへの復讐に燃えるのであります。 ■エネルギーの発展段階 人間のモチベーション、動機付けにはいろいろなものがあります。 子供に躾を施す場合などでも、怒りや恐怖を与え行動を起こさせるマイナスの動機付けや、誉めることや褒美を与えることなどで行動を起こさせるプラスの動機付けがあります。アメと鞭といった内容です。やはり、人間の真の行動力を発揮するには「愛の動機付」けが必要であることは、「北風と太陽」を読むまでもなく理解することができます。 この映画の主人公マキシマスには、家族を殺され失うものは何もないという状況から、強烈な 「恨みと憎しみ」 のエネルギーの力によって、奴隷の身から、剣闘士として成り上がります。確かに、この 「恨みと憎しみ」 が生きること、強い遣唐使・・・(誤変換、剣闘士です ^^;)になることへのエネルギーとして働いていたことは確かでありましょう。これも確かに一つの人間のエネルギーです。 しかしながら、愛するローマをこの暴君から守らんとする愛国心、そして人徳者アウレリウスへの忠誠心などによる動機もこの主人公の心に芽生えてきます。こちらは、また違ったエネルギー、一段と質の高い 「愛のエネルギー」 ともいえるでしょう。 映画は、この主人公マキシマスの動機付けの変化を合わせ、主人公にとって最良のクライマックスを迎えます。ちょと、出来すぎ?のシナリオではありますが、「コロッセオ」を復活させてくれた感謝と礼をもって、つっこみは避けましょう。(^^;) 単なる一個人の私欲から、他の人々への幸福を考えるに至る動機は、考え方の発展段階、万人に共通するエネルギーの発展段階でありましょう。一個人が成功する段階では個人の私欲を達成させんがための動機付けでいいでしょう。けっして間違いではありません。個人のエネルギーにも発展段階があります。さらなる発展には相応のエネルギー、発展した「愛のエネルギー」が必要なのです。 映画の最後に主人公が、あの世のドアを開けるようなシーンがあります。人間は一つのエネルギー体とも言われますが、さてどちらのエネルギーを持ってこの扉を開いたのでしょうか・・・? ・・・って、そんなことどうでもいいですね(^^;)・・・「コロッセオ」と当時のローマを見ることができたのですから。 |
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