■今月のコラム

「内申書重視教育の問題点」 〜学力による公平な競争を〜

 記者:広野まり



■内申書は教師の主観的判断?

現在、ゆとり教育推進の一貫として、高校入試でも内申書が以前にまして重視されるようになってきているという。

たしかに高校受験の日、調子がすぐれず、思わぬ大失敗をすることもあるので、普段の実力も評価してほしいと思う人もいるかもしれない。しかしこの一見善意とみえる策が意外にも生徒を苦しめる結果になっているそうだ。

 内申書は教師の主観的判断に委ねられている からである。

先生方に嫌われたら内申書に響く可能性もある。



■内申書重視の問題点

私の知り合いでも、中学時代にそういう経験をした人がいる。

彼女は英語ができ、中間、期末テストの平均が98点だった。授業中の態度もごく普通であった。にもかかわらず5段階評価で3をつけられた。先生との相性は悪いという自覚が彼女にはあった。「4であったら、平均百点の生徒が何人かいたのかもしれないからとこのまま引き下がるが、3というのはあまりにもおかしい」と彼女の母親は思った。

職員室に訪ねていったところ、その教師は別段驚く様子もなく、「ああ間違えました」とにやにやしながら3を5に訂正したという話だ。こういう悲劇は現実にあちらこちらで起こっているかもしれない。



■学力による公平な競争を

先生に嫌われないように、先生の前で「よい子」でいつづけなければならない子供たちの苦労はいかばかりか。

受験という一時的にかかる重圧に比べ、内申書は場合によっては、3年間という長い期間にわたる。その心理的重圧によるストレスは大変なものだろう。実際、内申書重視の教育改革が全国にひろまった94年以降、中学生の校内暴力は急増しているそうだ。

子供たちをこうしたストレスから解放させるためにも、内申書による受験の判定は行わないほうがいいと思う。やはり学力による公平な競争を教育の現場にもたらすべきだと思う。







ホームページへ戻る]