■今月のコラム

『米国同時多発テロに思う日本人の国際感覚』

 記者:当会論説委員長 張替一彰



 ■『米国同時多発テロに思う日本人の国際感覚』


あまりにも衝撃的な事件。誰もが指摘するように、それは映画のヒトコマにしか見えないほど、現実ばなれしたショッキングな映像でした。

しかしながら、自分の会社のNYオフィスが、WTCの目と鼻の先にあり、いつも通勤ルートにしている同僚が命からがら逃げ出した話を聞いたり、前に所属していた会社の人間が行方不明であることを聞くと、他人ごとではなく、巡りあわせが悪ければ、その場に居合わせたことは十分ありえることに気づき、慄然とさせられました。

自分の周りの人間も、NYに転勤していたり、出張にいっている人間が多く、言葉にならないショックを受けているようです。いまだに、安否がわからない数千人の人たちの身内や友人の方々の心労はいかばかりかと思います。



今回の事件が話題に上ることが多いと思いますが、実のところ、その中で日本人の国際感覚のズレを感じました。今回の事件を米国では、"第二のパールハーバー"と評しています。これまで日本人は"りメンバー・パールハーバー"というアメリカ人の感覚を十分に理解できていなかったと思うのです。

というのも、"第二のパールハーバー"という評価に対して、何とも言えない不快感をもつ日本人が多いからです。今回の事件を通して、ある意味でようやくアメリカ人がもつ"パールハーバー"への憎しみの深さが理解できたのかもしれません。

犯人と思われるアラブ人に対して、怒りや憎しみ、不気味さを感じない人はあまりいないと思いますが、"パールハーバー"に関しては、日本人も同じ目でアメリカ人に見られていることになります。この辺の感覚に、日米間には大きなズレがあったと言えます。



そして、もう一つのずれは、アラブ人に対する理解です。アラブ世界では、今回の事件を悲しんでいるのかといえば、実のところ、そうではなく、"溜飲を下げた"、"よくやった"という感覚をもつ人が多いことです。

一般的な日本人からすれば、想像できない感覚で、アラブ人は今回の事件を見ているということです。その根本には、キリスト教文明とイスラム教文明の相克があります。フランシス・フクヤマ「歴史の終わり」、サミュエル・ハンチントン「文明の衝突」という歴史哲学書が話題になったこともありますが、そこでは、共産主義が敗北した後に残ったのは、キリスト教文明とイスラム教文明であり、そこに大いなる最後の文明の覇権争いが起きることを述べています。

しかしながら、政治、経済、軍事、文化といった面において、西洋のキリスト文明は圧倒的な力を誇っており、アラブにはそれに対抗しうるパワーは実際にはありません。オイルマネーでなんとか耐えている状態です。そこで、一部の人間がテロの力を使ってでも、異教徒を排撃にでるわけです。



イスラム教の伝播力、影響力を考えると、オウム真理教のようなカルト宗教として単純に考えるには無理があります。イスラム文明には、やはり、西洋のキリスト文明に対して、反面教師となりえる真理が含まれているからこそ、あれだけの信者を獲得し、維持できるのだと思います。

今回の事件を通して、アラブ人の西洋に対する嫌悪、あるいは憎悪感の根底にある宗教観を日本人は全く理解できていないとつくづく思います。そして、そのアラブに対する国際感覚の欠如が国民の大多数にあるならば、やがてはアラブ世界を撲滅すべしという短絡的な発想につながり、悲劇の結末を迎えることになります。



無論、テロを擁護しているわけではありません。アラブ世界に対する理解を深めた上で、テロを非難する姿勢が必要だということです。そうしたバランスの取れた国際感覚をもつ日本人が増えることで、日本が国際舞台でリーダーシップを発揮し、世界の調整役を果たすこともできるようになると思います。

日本は、宗教的文明論でいえば、イスラム教でも、キリスト教にも属さない独立した文明国家です。だからこそ、両文明への深い理解が必要不可欠であり、橋渡しとなれる可能性があるのです。

ただ、今、現在、世界に発信すべき精神的価値観がないクラゲ国家となっているのが大変、残念なことですが…。






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