■シリーズ「ワールド・スピリット」 世界の文化を訪ねて

イギリスで飲んだ一杯のお茶が、自分の人生を変えてしまいました。
紅茶の澄んだ金色(ゴールデンリング)の向こうには、美しい人生の理想像が映っておりました。


第19回 イギリス特集2<優雅なるイギリス>
前編:「イングリッシュ・ティーへの道」
 記者:黒岩宏光


■異国情緒の余韻
海外見聞後日本に帰国してから、その国の文化風習などが染みついてしまって、しばらくの間、食生活などがその国の風習のまま残ってしまう場合がある。

たとえば、イタリアなどに行って来た場合、数日間は、旅先での味を思い出してはパスタやチーズ、ワインなどで食卓を彩ったり、アジア方面に出かけた場合は、旅先で買ったエスニック調のテーブルクロスなどをあしらい、やはりどこかで味わったオリエンタルフードなどの味を見よう見まねで料理しては、まあ、少しの間旅行の余韻に浸り、しばし悦にはいるというところなのである。

しかし、ほとんどの場合この異国情緒も1週間くらい続けば長いほうで、その後はもとの純日本式に食生活も習慣もどっぷりと浸かるように戻ってしまうのである。(^^;)
ところが、ある国で影響を受けたある習慣だけがとても気に入ってしまい、いつになっても元に戻らずいまだに続いており、おそらく一生続くものと思っている。

イギリスで経験したイングリッシュティーの習慣である。

イングリッシュティーの習慣が身に付いたおかげで、人生に広がりが出て余裕のようなものが生まれたことをはっきりと認識しているし、生きることの楽しみが確実に一つ増えたと確信している。


■紅茶による生活レベルの向上
本場英国で紅茶といったら「ミルクティー」のことをいい、その紅茶文化の中に「美しさ」を認めると同時に、今まで紅茶といえばティーバックで手軽に淹れ(決してティーバックが悪いわけではない)レモンを浮かべて飲むものといった軽薄な認識力はあえなく崩壊し、そして紅茶に対するものの見方が完全にパラダイムシフトしてしまい、それ以来紅茶の魔力に魅入られてしまっている。

このイギリスの「お茶文化」は、まだ若い時に経験した自分にとって、とても魅力的であったのと同時に、異次元の優雅さをもってまぶしく印象に残った。自分もその優雅さとつり合うような生活や暮らし方をしてみたいという憧れをもって、紅茶の味が気に入ったとかいうことではなく、一つの人生の目標のような意識を持ちながら英国紅茶に魅せられ、その道を歩み始めたのである。

なんとしても、「生活のレベルを向上させゆとりのある暮らしをしたい」という人生の希望というより欲望が間接的に生まれてきて、英国紅茶という異国文化を背景に、明確なビジョンが現れてきたのを覚えている。

「そのような目標をっもって、おまえは今どうなっているのか?少しは生活のレベルが上がったのか?」というような質問はしないでね。(^^;)

その後も、イギリスに出かけたときはロンドンの老舗食品店などで、しこたまおいしい茶葉を買い込んだり、今ではいろいろなブランドの茶葉が少々値段は高くとも簡単に手にはいるようになっているが、その昔は個人輸入によって良質な茶葉を入手したりと、手間とこだわりを持って紅茶を嗜んできた。

この習慣のおかげで、利き酒ならぬ利き紅茶なる特技ができてしまい、別に何の役に立つわけではないが、おおむねどの種類の茶葉であるかを判別できる能力が身に付いてしまったり、紅茶の色具合や香りで味の善し悪しが分かるようにまでなってしまい、今日に至っている。


■生活の一部としての紅茶
イングリッシュティーといっても、特別なルールがあるわけでなし、イギリス人が楽しむように紅茶を楽しもうというのである。
紅茶そのもののおいしい入れ方については、守るべきルールがあるので、こちらは後編の方をご覧いただきたい。

とにかくイギリス人は紅茶好きである。一日にどれくらい飲むかというと、イギリスの朝は、まず何はなくともモーニングティーにはじまり、濃いめの茶葉、セイロン、アッサムのブロークン系(細かい目の葉は短時間で濃く抽出ができる)を使用し、たっぷりのミルクを入れたストロングなミルクティーで始まる。砂糖などは入れないで、がぶがぶと、眠気を吹きとばす勢いで2,3杯はいただくのである。朝食においては、紅茶がメインでその他の食べ物は副食のような感覚である。

11時ぐらいには、少し休憩の午前茶をいただき、1時のランチの後にももちろん食後のティーをいただき、午後の3〜4時は最も紅茶の楽しい時間、ビクトリア王朝からの伝統の習慣、アフタヌーンテーの時間となる。(多少内容は異なるがスコットランド流にハイ・ティともいう)

仕事の合間に手を休め、付け合わせのお菓子(スコーン、ビスケット、サンドゥイッチ、ケーキ)などといっしょに紅茶をいただくのである。フレーバーティやアールグレイやブレンドティ、またダージリンなどのピュアなお茶をおしゃべりといっしょに楽しくいただという形である。

てな具合で、この国の人々にとって生活の区切りに登場するのは何はなくとも紅茶なのである。「飲み物」という価値よりも、心の満足、心の気分転換、精神的な儀式とも言うべく習慣として、生活の一部と融合している。


■美がある英国紅茶
英国紅茶のファンは日本でも多いが、中でも出口保夫氏は「英国紅茶への招待」(PHP文庫)をはじめ、多くのイギリス関連の本をお書きになっているその道の大家である。
出口氏も英国紅茶の素晴らしさを認め、著書を通じ詳しくその文化を紹介されており、この本の中でも熱心に英国紅茶について説明されている。この国の紅茶文化を知るには最適な一冊である。

さて、この出口氏も英国紅茶の特徴として、優雅でそして「美しい」ことに注目している。日本人の忙しい日常生活とは趣を異にした、イギリスの美しき紅茶文化、紅茶の心なるものについて、
「イギリスの経済は、我々の1980年代と同じように飛躍的な発達をとげ、イギリス人はその豊かな生活にふさわしい、価値あるのを求めていた。―それはつまるところ、美しい心で生きることだと、多くのイギリス人は気づいていた。ウィリアム・モリスが唱導したような、生活を芸術にする思想が、一般の市民生活の中にも入ってきたのである」(英国紅茶への招待)
と説明している。

お茶を飲むぐらいの話で優雅だとか美しいはないだろう?なに訳のわかんないことを言ってんだ?こら!と、お叱りのご意見があるかもしれないが、とにかく美が介在している一つの紅茶芸術といっても良いのである。我が日本にも「茶道」なるお茶文化があるが、おそらくそれに通ずる精神が流れていると思う。

美しいヨーロッパの家具類にテーブル、芸術的な模様に彩られた美しい陶磁器、丁寧に淹れた美味しい紅茶、テーブルの一輪挿しには赤いバラの花。一枚の絵にできるような美しい構図なのである。
忙しい日常の中で、ゆとりあるティータイムを作り出すことは、誰でもそう難しくはないが、美しさを伴う優雅なる質の高い時間を生むことに関してはどうであろうか。
たかが、お茶を飲むこと程度、紙コップで飲もうが湯飲みで飲もうが何ら代わりはないだろう?といわれるかもしれない。

しかし、この国の紅茶文化は決してのどを潤し、渇きを癒すといった肉体的満足を得るための行為ではないのである。肉体を満足させることだけに甘んじれば、確かに紙コップでも湯飲みでも、どこで飲もうが関係はない。だが、心の守備範囲を含めた深い満足感をもたらす内容においてもっと崇高な香りがそこにあるのである。たかがお茶でしょ?といわれるかもしれないが、されどお茶でもある。

ともかく私としてはイギリスの文化にあえて良かったと思っており、美味しい紅茶がもたらす余裕をこの原稿を読んでいるあなたにも味わっていただければうれしいと思っている。それには、最低限の紅茶に関する知識を得なければならぬ。・・・ということで後編では、私が数十年に渡り培ってきた紅茶に関するノウハウの初歩的な部分をあなたにご紹介したい。




イギリス特集2、後編「イングリッシュ・ティーを楽しもう」に続く



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