■シリーズ「ワールド・スピリット」 世界の文化を訪ねて

今回は、フリーライター赤菱さんによる、お隣の国「韓国」のスペシャル・レポートをお届けします。
因縁の歴史を持つ日本と韓国、サッカーの世界においてもそれらの精神的な面を背景とした、
どちらも譲れないようなライバル関係があるようです。

「韓国では多くの国民が日本という国に対して反感を持っている」
このことは歴史を通して、私たち日本人はよく知っています。
しかし、今でもそうなのでしょうか?
このような考えもどうやら過去のものとなりつつある現状を、ソウルからレポートしていただきます。

W杯フランス大会直前
2002年W杯日韓共催記念 拡大スペシャル!
第7回 韓国「ニューエイジの胎動」 記者:赤菱 昇太(フリーライター)


■憎たらしきは朝鮮人

目が細く眼孔鋭い。
エラが張り、威圧感のある顔。
すぐ怒り、暴力的である。


これは当時私の韓国人に対して抱いていた印象である。

当時16歳の私が、都内の高校に通学していたときの話である。
浦和市に住む私は、最寄りの浦和駅から赤羽で赤羽線(現在は埼京線)に乗り換え、池袋で地下鉄丸の内線にて後楽園駅までの道のりにて通学していた。
十条駅にて朝鮮高校、中学の生徒たちと電車または付近の駅で遭遇する毎日であった。
この朝鮮学校の方たちであるが、今はどうか知らないが、当時はとにかく血の気の多い生徒が多かった。少しでもつっぱった(死語か?)学生を見かけると辺り構わず因縁を付け、暴力を振るうのである。
私は、べつにツッパリではなかったのだが、「イキがってんじゃねえよ」などとよくわからない?理由で何回か因縁を付けられ、赤羽駅のトイレなどに連れ込まれ痛い目に遭わされた経験がある。

池袋までを私と同じルートで通学する、日○豊○高校に通う友人のS君も、何度となく朝鮮学校の生徒と何戦か相まみえた。彼の場合は180cmを越える長身とリーゼントのヘアースタイルがトレードマークだったので、波長導通するお仲間からはいやでも目に付いていたので、当然といえば当然だった。
ある日、「異国人の分際ででかいツラをされてはたまらない」と、業を煮やした彼は、同じ高校の仲間たち数人と朝鮮学校の生徒を待ち伏せし襲撃に及んだ。
二度となめたまねはできないようにとボコボコにやっつけたそうであるが、その翌日彼らはなんとS君の学校まで乗り込んで復讐されたりで、結局警察沙汰になり、哀れS君は主犯格として無期停学になってしまった。
私は、この件があってから彼らと余計な関わり合いを持ちたくないと思い、通学コースを秋葉原経由で飯田橋駅を利用して登校するコースに変更した。このコースであれば多少通学時間はかかるが、赤羽〜池袋間を避けられるので朝鮮学校の生徒に遭遇する割合は少なくなる。

ともあれ、学校生活に支障をきたすほど彼らとの関わり合いがあった。
何かよく分からないが、私たち日本の学生に反感を持っているし、このときから韓国に対する印象はすこぶる悪かった。考えてみれば一部の学生たちとの接触であっただけであるが、すべてに及んで韓国人が嫌いになってしまい、そのすべてを受け入れることはできなかった。 韓国と聞いて受け入れられるものはカルビ、クッパ、ビビンバぐらいだろうか。


■ぶちのめせ〜、つぶせ〜、けずれ〜
サッカーの世界での日韓は「永遠のライバル」といわれている。ライバルといわれているが、戦績を見ると完全に日本の方が負け込んでいる。
幾多の歴史に裏付けられた反日感情が、韓国国民の声に宿り、サッカーの日韓戦は毎回国の威信を賭けた白熱の試合となり、たいへん面白い。学生時代よりサッカーの日韓戦だけは見逃したことがない。
「サッカーの町浦和」で育った私は、その例に漏れずサッカーファンである。サッカーファン+韓国嫌いときているから、日韓戦には必然と熱が入る。年甲斐もなく「ぶちのめせ〜、つぶせ〜」という具合になる。なにをいわれても私は韓国が嫌いなのだ。

1994年ドーハの悲劇の時も、W杯行きの切符を手に入れたかのところでイラクに同点にされ得失点差で涙をのんだ。このおかげで諦めていた韓国にW杯切符が転がりこんだのだ。こんな理不尽な話はないと今でも悔しく思う。


■敵地ソウル蚕室スタジアム
1997年、W杯フランス大会アジア地区最終予選は、大変なことになった。
ホーム国立競技場で因縁の韓国に逆転負けして以来リズムを崩した日本は、崖っぷちに立たされた。ライバル韓国はとっくに一抜けし、出場権を獲得してしまった。
日本大ピンチである。
1997年11月1日ソウル、アウエーでの日韓戦の行われる日。この試合で韓国に負けたらすべてはおしまいである。

この日急に、私の古くからの友人に韓国行きを誘われた。1万5千枚しかないソウル蚕室スタジアムの入場件を手に入れたというのである。仕事は山積みだったが、それどころではない。韓国が嫌いで韓国になど死んでも行きたくないと思っていたことなどすっかり忘れ、迷わず私はソウルに向けて機上の人になった。

ヘリコプターの大爆音がうるさく、異様な雰囲気の中、ソウル郊外の蚕室スタジアムに望んだ。韓国政府要人、財界、芸能人の多くがスタジアムに赴いているという。それにしても警備員の数が多い。日本が負けたとき、プッツンしたサポータによる暴動が起こらないようにとのことなのか。でもその可能性はある。
残念ながら、現在の実力では韓国の方が上だ。ホームの試合でもリードされてからの執念の試合運びはお見事、日本に勝つことのモチベーションはものすごいものがある。死んでも日本だけには負けられないという気迫がすごい。日本に負けることすなわち「国辱」ととらえるところは反日感情丸出しで、そこがまた気にくわない。しかしながら、その意気込みだけは誉めたい。
指揮官が岡田監督に交代したといえども、残念ながらそこまでの気迫は日本チームにはない。韓国までの応援ツアーが無駄骨に終わるのではないかということは覚悟していた。





■わき起こる”ニッポン!”コール
ミイラ取りがミイラになる。ということわざがあるが、この自他共に認める韓国嫌いの私が、まさにそのものの経験をすることになるとは思わなかった。

反日感情まるだしの殺気立つスタジアムを想像したが、見事に予想が外れた。韓国サポーターは友好的なのである。
なんとこの地で韓国サポーターによる”ニッポン!”の大コールを聞くことになるとは夢にも思わなかった。約1万5千人の日本サポーターから返す韓国コール、なんと史上初めて日本と韓国でエールの交換が行われた。ちなみに今回、この地で「君が代」が吹奏されるのも以外だが戦後初めてだったそうな。
「一緒に行こうフランス」の横断幕も掲げられ、和やかな波動に包まれ、全く予想もしなかったことが起きている。
韓国サポーターと日本サポーターが一体となって場内を巡る大ウェーブを作り上げる。相手の潰し合いではなく、逆に相乗効果を生みだそうとするような場内。
こんな日韓戦は初めてだ。

韓国は既にフランスW杯への切符を手に入れている。
そして韓国は、もう一枚の切符を、日本が手に入れてくれることを望んでいる。
日本と韓国でW杯2002年共同開催を成功させるためにも、W杯フランスへ共に出場する事を望んでいるのだ。
アジアの兄弟国として、良きライバルとして、自分たちのため、そしてW杯成功のため。

このとき私は、今日の一戦は日本が勝つことを確信した。



■侵略に次ぐ侵略の歴史、韓国民族
この日の日韓戦に関して、韓国マスコミの調べで、国民の間で意見が分かれたそうである。

・どのような状況だろうが、死んでも日本戦には負けてはならない。とする意見と、
・今回は日本に勝ちを譲るべきだ。との意見である。

死んでも日本にだけは負けてはならない、とする意見を持つ方々の背景にある物は何か。言うまでもない、幾多の日本による韓国侵略の歴史を通し、日本に対する恨みと憎しみがこもっているはずである。
日本の韓国(朝鮮)侵略の歴史はほんの数十年ほど前に始まったような出来事ではない。豊臣秀吉の時代まで遡ることになる。

調べてみれば、韓国の歴史は相次ぐ侵略を受け、たいへん不遇な歴史であり、気の毒な民族である。
古朝鮮からの古くからの歴史を持つ国だが、13世紀頃からモンゴルの侵略を受け、その後15世紀には日本の豊臣秀吉による侵入をうける(文禄・慶長の乱)。16世紀には、清軍の侵略をうけ、18世紀にはまたも日本軍による開国を迫る侵攻(江華島事件)があり、その後19世紀には、日清、日露戦争後による日本の植民地統治の時代になる。
このように韓国の歴史は侵略、そしてまた侵略の歴史である。
植民地統治時代には、日本語の強制教育、シベリアや日本本土への強制連行、強制労働などの屈辱をうけ、彼らは過酷すぎるほどの不遇な歴史を歩んできた。
在日している韓国人のルーツは、ほとんどがこの強制連行され、日本に渡ってきた方々から始まっている。

多くの国民が、日本のことを恨み、「自分たちの不遇は日本のせいである」と言われてもいたしかたないものがある。

■新しい世代の胎動
今でも韓国の多くの人々は、私たち日本人を許すことなく憎んでいるのだろうか。
しかし、恨もうが憎もうが、時は流れ続けている。
悠久の時の流れの中で、古きは去り、新しきは生まれ出る。
当時を知る人々も年を追うごとに少なくなり、
戦争があったことなど全く知らない世代が新しく生まれ、増え続ける。
「私たちと一緒にフランスへ行きましょう!」と日本を応援してくれている世代の多くは、10代から20代の若者だ。

もう韓国は、そのような反日感情は過去のものとなりつつあることを、
その転換期を、新しき胎動をここで感じる。

ここソウルで以下のような詩を即興で作ったので、適当に曲を付けて口ずさんで欲しい。

(一番)
そんな遠い昔のことで悩んだって 恨んだって 俺達の未来は良くなりはしない
何でもかんでも 日本を悪者にして
責任をなすりつけるのは 簡単だけど
そんなことで 俺達は幸せになれるのか?
俺達の未来は 過去にあるのではない これからの可能性の中にある
俺達が新しい韓国を 作っていくよ〜ん

(二番)
そんな遠い昔のことを根に持ったって 怒ったって 俺達の未来には関係ない
自分たちの不遇を 日本人のせいに
しておけば 丸く収まると思ったって
そんな考えで 俺達は明日に勝利できるのかい?
俺達の未来は 他国や他人に影響されるのではない 自分たちの可能性の中にある
俺達が新しい韓国を 拓いていくよ〜ん


■ありがとう韓国のみなさん
試合は思った通り日本が勝利した。
間違いなく、韓国の人々は日本と共にW杯に出場することを選択してくれたのであると、私は思う。
私たち両国の未来を考え、最善の道を選んだのだと思う。もちろん選手達はあくまでもスポーツマン精神に乗っ取ったプロの選手達であり、八百長などするはずはない。試合後、日本に2失点したあまりにの悔しさで泣き崩れてる選手もいた。
そうではなく、「心の中」での話である。”おもい”の中での話なのだ。
彼らの選択、大人の韓国、新しい世代の胎動の結果、それがこの試合内容だと思っている。
そして、決してサッカーの勝負の勝ち負けの問題だけではない、新しい世代の韓国が育っていることを切に感じるのである。

ありがとう韓国の皆さん。私は、今まで自分自身の中で「一方的な悪い韓国像を思い描いていたこと」をとても反省している。このことは、決して韓国の方の責任ではなく、自分自身の責任であり自分自身の選択の結果である。
自分自身の選択の結果であれば、自分自身が変えていくことができるはずである。

私は今、韓国の皆様と、新しい友好関係を築いていける可能性を選択できることを確信した。このことはとてつもなく幸福なことである。
2002年、彼らとW杯を共に開催できることを心より感謝します。史上初めての2カ国共催という結果は、最善の結果であり、最高の喜びだと確信しています。


本場の焼肉、キムチなどはとても美味しく、町の人々は皆親切です。
韓国がとても好きになりました。
この夏のW杯フランス大会は、日本と共に韓国を応援します。


 ありがとう韓国。



次回は、「中華人民共和国」新興産業地帯レポートの予定です。




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