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私が初めて海外渡航を経験した場所はローマでした。 初めてこのローマを目にしたときの感動は今でもはっきりと覚えています。 たぶん一生忘れることはないでしょう。 きっとあの世へ行っても覚えています。 私が「ワールド・スピリット」ヨーロッパ編を開催するにあたり、まずはじめにこの地からスターとしようと思っていました。 「永遠」というテーマを読者の皆様に問いかけるには絶好の環境だと思うからです。 |
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■美しいヨーロッパの国々 イタリアは良いところである。とくにローマは文句の付けようがないくらい本当に素晴らしいところである。 古代ローマ帝国の遺跡や至る所に見られる美しい宗教寺院、風格ある町並み、そのすべてが観光名所である。 もちろん本場であるところのイタリア料理も味わえるし、イタリア民謡やカンツォーネも心地よく受け容れられる。 イタリア語のアクセントも日本語と似ていて、陽気なイタリア人を見ているととてもうれしくなる。 ローマだけではない。 水の都「ベネッツィア」はこの水上都市が誕生した歴史的経緯も奇跡だが、風景も奇跡のような美しい町である。 ミラノ、フィレンツェ、ナポリ、どこもとても美しく情緒がある。 ヨーロッパの都市に全て共通することだが、とにかく町並みが美しい。パリやロンドン、アムステルダムにコペンハーゲン、東欧や北欧の各国などとにかく日本とは大違い。美しさのケタと質がまるで違う。 数々の歴史的遺産、教会や大聖堂、王宮に宮殿、そして美しく優雅なる古城。古き良き中世の時代が蘇るがごとく華やかな佇まいは、その美しい町並みの一部として調和する。 ヨーロッパの国々が過去に、どれだけの繁栄を誇り、莫大なる富を獲得したかということを堂々と物語っている。 ヨーロッパは、手軽に旅行できるアジア各国と比べ旅行時間や費用もだいぶ違うが、それだけの価値を充分に堪能する事ができる。 ■偉大なるローマの象徴 円形格闘場「コロッセオ」 ローマの観光名所はとても多い。1日や2日では回りきれない。スペイン階段、トレビの泉、真実の口、といったロマンチックなスポットから、フォロ・ロマーノ、パンテオン、ローマ歌劇場などの歴史的建造物、ローマ国立博物館、コンセルヴァトーリ美術館、カピトリーノ美術館などのアカデミックなスポット、その他数々の教会など見所は尽きない。 そんな中で、なんといってもこれを見ずしてローマを語れないといった偉大なる建造物がある。 ローマは滅びる。 ローマが滅びるとき世界は滅びる。」 と言われるほど、偉大なるローマを象徴し、ローマの誇りとされていたシンボル的な存在、円形格闘場「コロッセオ」である。 紀元80年に完成したこの競技場は、当時の建築工学、建築美術の粋を集め(完全なるアーチ型構造はその後の建築工学の基となっている)、ユダヤ人奴隷1万人、使用された石材約10万m3、収容観客数約8万7千人という信じられないような大建造物である。今から2000年近くも前のことである。 (ちなみに、2002年ワールドカップ開催地の埼玉県浦和市に建設中の、「アジア最大のサッカー専用スタジアム」との謳い文句である「埼玉県営スタジアム(仮称)」の収容人数は6万3千人である。) さて、この「コロッセオ」であるが、当時アリーナに水を張り、海戦競技なども行っていたというから驚きである。 今は地震や石材の盗難などで当時の形をとどめていないが、ローマの象徴であったその風格は、見るものに当時の情景を伝えるには十分であり、堂々とした美しい装飾にその繁栄のほどを伺い知ることも十分である。 実際に、間近でこのコロッセオを見つめていると、当時のローマ人が享楽に耽け、熱狂し、喚声を上げ、興奮に包まれているような情景が目に浮かんでくる。 当時のローマ人は本当に、「コロッセオが滅びる時、世界が滅びる時」と思ったに違いない。 このローマのシンボルとそしてローマは「永遠」であると思ったに違いない。 ■「永遠」の都ローマ 史上最高の繁栄を誇ったローマ、この世のすべての喜びを謳歌したローマ。その絶頂にあるとき、誰もが「永遠」を感じそして望んだだろう。永遠のローマ、永遠に滅びないローマを。 しかし、その都も必ず滅びの時が来てしまうのである。 都市や建造物に限らず、人は誰でもいつかはこの世を去るときが来る。どんな金持ちだろうが、名のある人物であろうが、必ず死ぬときが来るのだ。 どんなに若く、美しくビューティフルな女性であっても、その美貌もしわが増え、とても化粧ではごまかしきれなくなるときが来る。はち切れんばかりにナイスなBODYをしていても、見向きもされなくなるときが来るのだ。いつかは醜く老いていかねばならない。 たくましく凛々しい男性であっても、いつかはその自慢の体力も衰え、髪も禿げ上がり、腰が曲がり、いつかは動けなくなるときが来るのである。 そのことがあなたに絶えられるだろうか。そんなことがあなたに許せるだろうか。 この世の法則では常なるものなど何もない。「諸行無常」の法則を何人たりとも逃れることはできないのである。 永遠などこの世にはありはしないのである。 永遠に若さと美しさをを保ち、永遠に死なないなどと言うことは不可能なのだ。 永遠を夢見たローマ。しかし、「永遠」などこの世にはないのだ。 しかし、この世にあるはずがない「永遠」という言葉がなぜ存在しているのか。「永遠」とは何であり、どこにあるのだろうか。 ■「永遠」を探す旅に 読者の皆様には理解できるだろうか。「永遠」がない世界で「永遠」を見つけること。「永遠」が見えない中で「永遠」を見ること。 人が本当の幸福の中にあるとき、神や仏は私たちの目の前に「永遠」の文字を投げかけ、その答えを問いかけてくるのである。 あなたが、事業に成功したとき。 あなたが、名声を得たとき。 あなたの、夢がかなったとき。 いやそんな大きなことではなく、 あなたが、将来の愛する伴侶と巡り会ったとき。 あなたが、あなたの愛する家族とともにすばらしい時間を過ごしたとき。 あなたが、いろいろなことから愛を発見する事ができたとき。 いい人に出会った、人から感謝された、芸術作品に触れ感動した、草花が芽吹くのを見た、どんな小さな愛の発見の中にも幸福の芽はあり、その芽は実はあなた自身の中にある。 誰でも「永遠」を目にする機会は必ず訪れる。 至極の幸福の中にあったローマの人々が、どれだけのローマの人々の目の前に「永遠」の2文字が浮かんだことだろう。 その意味をどのように考え、その答えをどのように学んでいったのだろう。 ローマでそのことを考えたとき私は、ヨーロッパの色々な国々を訪問し、ヨーロッパの人々の精神、文化、宗教観などを学んでみたいという衝動に突然駆られました。 「ワールド・スピリット」ヨーロッパ編は今回のイタリア、ローマからスタートしますが、ある意味では私と読者の皆様が「永遠」を見ることの旅になるかも知れません。 これから毎回、ヨーロッパの国々の文化、風習、宗教などを見聞し、その精神を皆様とともに学んでいくことができたなら、作者としてこれに勝る喜びはありません。 「ワールド・スピリット」ヨーロッパ編次回は、 「バチカン市国 嗚呼!究極の美〜サンピエトロ大聖堂」 の予定です。 |
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