■シリーズ「ワールド・スピリット」 世界の文化を訪ねて


第14回 スイス3
「ラインホルト・メスナーの悟り」 後編
 記者:黒岩宏光


■メスナーの悟り
ラインホルト・メスナーは、龍村仁監督ドキュメンタリー映画「地球交響曲第一番」(1992年公開)に出演し、自分自身の言葉でその生涯にわたる経験と学びを私たちに公開してくれている。とても重要なメッセージと思うので、ここでご紹介したい。

「スピリット(霊性)、マインド(知性)、ボディ(肉体)の調和こそ人間本来の姿である。」

このことは一体、どのようなことなのか。

メスナーは、前編でもお話ししたように、ナンガ・パルバートにて不思議な体験をしている。自分が崖を転がり落ちる姿を自分自身が空から眺めているというのだ。通常の考え方、生き方の中ではとても考えられない内容である。しかし彼は、違う次元に別の自分が存在することを身をもって体験したのである。人間は決して肉体的な存在ではないということなのである。

いや、肉体を持った自分がいることは事実であるが、それを超えた自分がいることも事実なのである。

肉体・・・この世的な体。魂の乗り物。有限な存在。個別、隔離的。
 魂・・・霊的な存在。無限的。永遠性。共通的な意識。
 心・・・肉体と魂、有限と無限、悪と善、相反する中で、自らがコントロールできる領域。

心が肉に負けたら、人間は獣のように生きていかねばならない。物欲、性欲、支配欲、その他肉体から発生する我欲に捕らわれ、自己保存のみを目的に生きねばならない。自由奔放ではなく実は、完全なる不自由の世界である。

かといって、魂よりに生きた場合、人間は存在することができない。肉体をおろそかに生きることはできないのである。すべての欲(悪)の派生する原因が肉体とするならば、その肉体を滅することこそが最善の生き方になってしまう。これではこの世に生まれることの意味がないのである。

「もし肉体をおろそかにすると、スピリットやマインドがいかに高くても、人間はその肉体の弱さに捕らわれてしまう。人間は自分が持っている一番弱い要素を基準に生きざるを得ないのです」(メスナー談)

最善の生き方とは、彼が言うように、肉−魂の間を心(知性)にてバランスをとること、両極端な道を避け調和をとるということ、このことが人間本来の姿といえるのだろう。


■自分への挑戦、悟りへの挑戦
メスナーはこのことを悟り得たとき、彼自身への挑戦を開始したのだ。自分自身を超えること、己自信の肉体をも心の完全なる支配下におくこと。 すなわち、無酸素による単独登山である。

南チロルにて高低差1000mの急な坂を裸足でわずか1時間で駆け登るトレーニングや少量の水で数日間生命を維持する訓練などを行い、血圧、脈拍をも自分自身でコントロールできる!完全な肉体を作り上げたのだ。
確かに、このような肉体がない限り、8000m超級14座制覇の離れ業は不可能だろう。
とても素人には真似のできない超人技であるが、その裏にある動機は彼の理論を実証するためにおいて、確固とした信念をもっての「自分への、悟りへの挑戦」へと結びついたのだろう。


■一番大切なもの
私たちは「生存する領域で生きる」こと、「生存する領域で死ぬことを」をこの世で経験する。この方は「死の領域で生存」し「死そのものから生きて還った」のである。
彼のこの特異希なる経験は、私たちに何か大事な学びを与えてくれることになると思う。

最後に、彼はこのようなことも語っている。
「私は自分が自然の一部分であるということを強く認識しています。――科学や医学の進歩によって、私たちは昔の人よりもずっと多くのものが見えるようになった。しかし、その代償として何か一番大切なものが見えなくなってきているように思うのです」

この一番大切な見えなくなってきているものとは一体何だろうか。今度は私たちが彼に対してその答えを考える番ではないかと思うのである。






参考:「生きた、還った 8000m峰14座完登」 東京新聞出版局
    「ナンガ・パルバート単独紀行」 ラインホルト・メスナー著 山と渓谷社
    「ガイアシンフォニー 間奏曲」 龍村仁著 インファス
    映画「地球交響曲第一番」 龍村仁監督



次回ワールド・スピリットヨーロッパ編は、スペインかポルトガルの予定です。




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