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天才ミケランジェロ。 バチカンはこの天才がデザインした聖なる空間であります。 そのほとばしるような彼の才能が残した歴史的大傑作は、いまだに世界中の人々を感動させてやみません。 彼の努力は時空間を越え、どれだけの人々に、人間の想像力の偉大さを伝えたのでしょうか。 そしてこの天才の情熱の源となっていたもの、それはいったい何だったのでしょうか。 |
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■カトリック教会総本山 バチカンは世界一小さな独立国家である。国家といってもほとんどローマの中にあり、ローマ観光のハイライトといえる。 ここにある寺院は、世界最大規模を誇る大教会であり、信者総数約8億人といわれるカトリック教会の総本山なのだ。もちろんこの世界中の信者が各地から毎日のように巡礼に訪れる。 この地は、聖ペテロが殉職し埋葬され、その墓の上にこの教会が建設されている。 とにかくここは、カトリック教会のメッカとういことだけではなく、ルネッサンスを初めとする世界的美術遺産の宝庫なのだ。 人類の至宝とも言うべき数々の美術の遺産がここには収められているのである。 ■サンピエトロ大聖堂
入口となるサンピエトロ広場は、左右に4本1組に並ぶドーリア式円柱に支えられた半円形の回廊に囲まれている。すごい設計である。 この広場より望む前方の大聖堂を一段と荘厳なる景観に演出している。 そして前方にそびえるは、かのサンピエトロ大聖堂である。 天国への門をくぐるかのごとしに、おそるおそるこの厳粛なる大聖堂に足を踏み入れてみる。 そこは目もくらむような感覚にとらわれ、信じがたいような美しい空間を目の前にすることになる。 天才ミケランジェロの設計したクーポラから降り注ぐ聖なる光。 全く次元の異なった空間に存在しているような錯覚を覚える。 思わず感嘆の声を上げてしまうほど、とても信じられないような美しい空間である。 ここでは、彼の渾身の傑作「ピエタ像」も目の前で鑑賞することができ、その他美しい祭壇画の数々、信者の接吻により足がすり減っている「聖ペテロのブロンズ像」などを見ることができる。 ■教皇ユリウス2世とミケランジェロ さて、このバチカンでのハイライトともいえる「システィナ礼拝堂」に足を進めてみよう。あまりにも有名なシスティナ礼拝堂の天井画は、1508年から当時の教皇ユリウス2世の命を受けたミケランジェロによって作成され1512年に完成された。 当時彫刻家として名を成していたミケランジェロはフレスコ画を描いた経験は1度もなかったということである。教皇ユリウス2世はフレスコ画を書いたことがないミケランジェロにあえてこの大事業を依頼したのであるが、当時画家として大成していたラファエロの方がミケランジェロより数段絵の才能はあったという。事実、ミケランジェロは依頼を受けた当初、「彼の方がふさわしい」との理由で依頼を断っていたという事実は有名である。 なぜ教皇ユリウス2世はラファエロではなくミケランジェロにこの作業を依頼したのか。 教皇がミケランジェロの非凡なる才能を見抜いていたということは当たり前の話だが、そのほかにこの事業を成功させるに際してもっとも大事なこと−情熱の根底にあるもの−のすばらしさを彼のなかに見抜いていたのではないか。 ラファエロの絵の才能よりも大事だったこと、そのことをユリウス教皇はミケランジェロの中に発見していたのだと思うのである。 4年の歳月を経て、彼のたった1人の力で完成したこの空前絶後の超大作は、人類美術史上不滅の大傑作となった。 とても人間の偉業とは思えない、あまりにもスケールが大きく次元の高い作品である。 見るものを圧倒的な感動で満たす、あまりにも劇的で「この世のものとは思えない」という表現がふさわしい作品である。 旧約聖書の「天地創造」をモチーフに「ノアの洪水」「アダムとイブ」などのおなじみの物語が壮大に描かれている。正面の壁画には「最後の審判」(1536〜1541年に作成)が描かれている。 彼は4年間にわたる無理な姿勢での作業がたたり、背中が猫のように曲がってしまったとのことである。 しかし彼の努力と偉業は、時を越え「永遠」といえるほど多くの人々の感動を与え続けることとなった。 ■ミケランジェロの信仰心 作業中は困難のため何度も制作を断念しようと思ったという。しかし彼の情熱はその困難を乗り越えてこの偉業を成しえた。 そしてその情熱の根底にあったものは何だったのか。 彼はサンピエトロ大聖堂建築なども含め、その晩年に依頼を受けた作業をすべて無償で引き受けたと言われている。「お金や富」「地位や名誉」といったものが情熱の基とはとても思えない。 この「天上界の一大叙情詩」ともいえる作品を完成させたい−という純粋な思い、彼が信仰する神(イエスキリストやモーゼ)に対する篤い信仰心がその根底にあったに違いない。 一点の曇りもない彼の思いがこの結果につながったのだ。 ミケランジェロの作品を見ること、それは彼の神に対する美しい信仰心を見ることなのだ。 どこまでも永遠に近いほど美しい。 現在は、日本のTV局、保険会社などの協力でこのシスティナ礼拝堂の修復作業が完了し、色鮮やかに当時の色彩を思い描かせるかのごとく蘇っている。 まるで、この天才が背中を丸めて足場の上に横たわる姿が目に浮かぶような鮮やかさであるという。 |
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