■シリーズ「ワールド・スピリット」 世界の文化を訪ねて

ミスター・クラッシックといえばこの人「ベートーベン」。
彼の生涯を繙いてみますと、楽聖といわれたこの方は、
決してモーツアルトのような天才型の音楽家ではなかったようです。
言ってみれば努力家としての天才と言えるでしょう。
彼の美しい音楽と、歓喜に寄した人生を見るとき、私たちに大いなる学びをもたらしてくれます。

第9回 オーストリア2
「マエストロからの愛のメッセージ〜ベートーベン」
 記者:黒岩宏光


■不滅の愛ベートーベン
ルードヴィッヒ・ヴァン・ベートーベンは1770年、ドイツのボンに生まれた。
幼い頃、彼の父は我が子を天才モーツアルトのような子供に育てるべく、猛烈なスパルタ教育にて音楽の勉強を叩き込んだといわれている。

ベートーベンに関するいろいろな文献や伝記などを調べてみると、彼の性格については、「激情型で暴力的、嵐のような性格」というのが大方の伝えるところであるのだが、やはりこの子どもの頃に抑制された感情が、トラウマといった形で彼の人生に大きく影響を及ぼしているのであろうか。

1994年に公開された映画「不滅の愛ベートーベン」の中でも、彼のこのエキセントリックな一面を、今や「レオン」「フィフス・エレメント」などの悪役俳優で人気絶頂のゲイリー・オールドマンがベートーベン役を好演し、大方の彼に対し思い描くイメージを納得させてくれる内容であった。
ベートーベンの書いた燃えるような愛の思いをしたためた一通のラブレター・・・彼の死後にその手紙を偶然発見した弟子が、その宛先のご婦人、マエストロの「永遠の恋人」を探し尋ねる中で明らかになる、炎のような恋愛と失恋。耳が不自由なことが原因で愛する人と別れなければならない屈辱と憤りそして悲しみ。
二人の弟と甥を巡る問題などのエピソードも含め、彼の苦悩する半生が描かれた、ベートーベンフリーク必見の作品である。(サウンドトラックはゲオルグ・ショルティ指揮シカゴ交響楽団とこちらも聴き逃せない)


■逆境につぐ逆境
ベートーベンは耳が不自由な音楽家であったことは誰しもが知る有名な話である。
多くの伝記の記すところによると、耳に異常を来し始めたのは、マエストロ26,7才の頃、音楽家としての実力が認められ、ちょうどこれから交響曲の作成に取りかかろうという頃である。その後、交響曲第3番を作成する頃にはもうほとんど聴力はなく、周りの人とは筆談で会話を行っていたというほどである。

音楽家として耳が聞こえないということの苦しみは、おそらく一般人としての私たちにはとても理解し得ることのない苦しみであったと察する。
事実、絶望の淵にあった彼は、二人の弟へ向けて遺書(ハイリゲンシュタットの遺書)を残し、その苦しみを打ち明けている。

幾多の失恋、貧困、肉体的な不自由。音楽家としての非凡なる才能があるが故にその苦悩も比例して大きいものであったに違いない。

さて、この世紀のマエストロはどのようにして、この逆境を克服し、人生に勝利することができたのであろう。


■たゆまぬ努力と情熱
彼の恐怖を克服したもの、絶望にうち勝ったもの、彼の生きることの原動力となっていたもの、それは、彼の音楽に対しての「たゆまぬ努力と情熱」である。この事に尽きる。自分の努力で、数々の優れた作品を創り上げ、目的を達成していく中から希望と喜びと幸福感、達成感を勝ち得ていったのである。
そして、そのことの原動力となっていたもの、それは彼の「使命と人生の目的」があまりにもはっきりしていたからではないだろうか。

青年の頃に読んだシラー卿の詩、「歓喜、すなわち美しい神々の火花」“Fruede, schoner Gotterfunken”と讃える「歓喜に寄す」を音楽にすること。人類の美しき理想を表現したこの詩をなんとしても音楽と融合させた一大芸術にすること。
すなわち人類の至宝とも言われる第9交響曲の完成である。

ついにこの交響曲は完成され、ここウィーンで発表(演奏)が行われた。耳の聞こえぬ作曲者ベートーベンと正規の指揮者の二人が指揮台に立つという異例の演奏会。彼の最高傑作との噂を聞き訪れたウィーン市民で会場は超満員。
演奏終了後、いまだに指揮棒を振る彼をアルト歌手が手を取り、後ろの観衆の方を向かせたとき、初めて満員の会場から鳴りやまない拍手と「ブラボー!」の喚声が嵐のように起こっているいることに気がついたベートーベン。初演は大成功に終わった。彼の人生の集大成ともいえる作品と偉業がここに完結したのである。1824年5月7日のことである。
彼が亡くなったのは僅かこの2年後のこと、まさに今世での業(わざ)を成し終えたかのようである。


■「人生に不可能などない」ことの完全実証
人生の数々の困難苦難をことごとくうち破り、人生に勝利したベートーベン。
彼の音楽の中には、人間の努力の結晶と、人間の可能性と、そして大きな愛がぎっしりと詰め込まれている。

彼の音楽を聴くことそれは、「人生に不可能などない」といったマエストロからの私たち人類に向けての愛のメッセージを聴くことなのである。その美しく崇高な音楽を創り上げた実績をもって、まこと筋道の通った、何人も否定し得ぬ納得のいく説得力抜群のメッセージである。

もう一度申し上げるが「人生に不可能などない」のである。
人類の遺産ともいえるこの第9交響曲をもって、何人たりともこの真理を否定できる道理はないのである。完全実証この上ない事実中の事実なのである。


ベートーベンの音楽が滅するときは、おそらく人類が滅する時でありましょう。真理が永遠のように、彼の名もこの調べも永遠の生命を持つかの如く聞かれていくことに違いない。





■付録:筆者が勝手に選ぶ第9交響曲ベストCD

クラッシック音楽は当たり前でありますが、同じ曲でも指揮者やオーケストラ、録音時期によって皆違った味わいを持つ音楽になっています。またその選択肢のあるところがクラッシク音楽の良いところであり、楽しみでもあります。

さて、ベートーベンといえば何はなくても第9交響曲。そこで、クラッシックファンを自称する、筆者の独断と偏見で選んだ第9交響曲CD選集をご紹介いたします。
その美しき調べを再認識し、その偉業に敬意を表すとともに、「人生に不可能などない」ことを教訓として味わいながら感謝の思いで拝聴いたしましょう。
(CDジャケットの写真は古いので現在発売されている物とは違う場合があります)

●1位
ウイルヘルム・フルトベングラー指揮 バイロイト祝祭管弦楽団 1951年(ライブ録音)
東芝EMI CC35-3165

これを聞かずして第9の”だ”の字も語れないといった名盤中の名盤。
この演奏の演奏時間が、CD(コンパクトディスク)の規格サイズ(11インチ,75分)を決定した話はあまりにも有名。

  通常の第9の演奏時間が64分から長くても70分ぐらいなのだが、この演奏は74分を要している。非常にゆったりとして、重厚感のある第一楽章は聴き応え十分。迫力あるドライブ感はとてもロックン・ロールなどの比ではない。対称的にフルスピードで疾走するエンディングは圧巻。

まさにベートーベンが憑依したかのような巨匠フルトベングラーの鬼気迫る指揮ぶりは不屈の名演と呼ぶにふさわしい。デジタル録音が当たり前の時代に、この録音はとても古て雑音が多く、しかもモノラル録音であるが、そんなことはどうでも良く、全く気にさせることのない名演である。


●2位
サー・ゲオルグ・ショルティ指揮 シカゴ交響楽団 1987年(デジタル録音)
ロンドン(ポリドール) POCL-5011

シカゴ交響楽団率いるショルティ氏の名演。

  この2方の組み合わせの録音は他にも1967年、1972年物が発売されているが、この1987年のデジタル録音の方が数段素晴らしい。
フルトベングラー版は別格とした場合、個人的には一番気に入っている演奏なのである。

現在はシカゴ交響楽団主席指揮者の座をダニエル・バレンボイム氏に譲った(1991年)ショルティ氏であるが、シカゴ&ショルティコンビでの円熟期の名盤。とにかく録音が良く、クリアーなサウンドを楽しめる。


●3位
レナード・バーンスタイン指揮 バイエルン放送交響楽団/ドレスデン国立管弦楽団 1989年(ライブ録音)
グラムフォン F25G 29131

東西ドイツ統一後のクリスマスに開かれたベルリンでの歴史的な演奏。

 
アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、旧東西ドイツといった世界中の楽団員が一つになり、人類の遺産「第9」を、世界平和への喜びを込め歌い上げた感涙の一枚。

合唱の「喜び」の部分を「自由」に置き換えて歌われていることは有名。


●4位
カール・ベーム指揮 ウィーンフィルハーモニー 1981年(デジタル録音)

私の知る限り、最長の演奏時間(76分31秒)の第9である。第一楽章はフルトベングラー版よりもさらに51秒も長い18分38秒。よく1枚のCDに収まったなという感想の一枚。

  別に演奏時間が長ければいいと言うわけではないのだが(^^;)、この威厳ある音楽をフルオーケストラの重厚感あるサウンドで聴いてみたい。
当時の古楽器ならびに当時の小編成のオーケストラにこだわった、「ブリュッヘン/18世紀オーケストラ」などの演奏も違った味わいがあり、また、カラヤン/ベルリンフィルなどのテンポの速いものもあるが、個人的には大編成長時間型の演奏をお薦めしたい。その中でもこの、ベーム/ウィーンフィル1981年版はきわめて重厚感のある一枚。




次回は、オーストリア3、「神童モーツアルトの音楽 付録:モーツアルトベストCD選つき」の予定です。





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